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先日、以前当院に通院されていた患者さんが、他院で「歯根が割れているので抜歯が必要です」と説明を受け、不安になって相談にみえました。突然そう言われれば、驚くのは当然です。
ただ、ひとくちに「歯根が割れている」といっても、状態はさまざまです。
ひびの入り方で変わる考え方
歯のひびには、比較的浅いものから、歯の内部深くまで進んでいるもの、さらに歯根まで及んでいるものまであります。


なかでも、歯根が縦方向にはっきり割れてしまった「垂直性歯根破折」は経過がよくないことが多く、抜歯が必要になることも少なくありません。
深いひびに沿って細菌が侵入すると、その部分に炎症が起こり、噛んだときの痛みや歯ぐきの腫れ、違和感などが出ることがあります。炎症が続くと周囲の骨にも影響が及び、骨吸収が進むことがあります。
ただし、すべてが同じ経過をたどるわけではありません。
ひびがどこまで深く及んでいるか、周囲の歯ぐきや骨がどの程度影響を受けているか、感染や炎症がどこまで広がっているか。こうした条件によって、残せる可能性も、その後の見通しも変わります。
そのため、「ひびがある=すぐ抜歯」でもなければ、「ひびが入っていても必ず残せる」でもありません。
残せるかは「ひびの程度」と「その歯を取り巻く環境」次第
歯を残せるかどうかは、ひびの状態だけでなく、その歯がどのような環境で使われているかにも左右されます。
強い咬合力がかかる奥歯や、歯ぎしり・食いしばりで特定の歯に力が集中している場合は、ひびが進行する可能性があります。

一方、前歯や小臼歯では、症例によっては咬み合わせを調整し、問題のある部分にかかる力を軽減できることもあります。
また、部分入れ歯の鈎(かぎ)がかかる鈎歯は、条件が厳しくなります。通常の咬合力に加えて、義歯の着脱や動きによる力もかかるためです。

同じ程度のひびでも、どこにある歯なのか、どのような力を受けているのかによって、保存した場合の見通しは変わります。
長期経過をみた研究―歯周ポケットの深さが予後に影響
2026年に、根管治療を受けた亀裂歯204本の長期経過を調べた研究が報告されています。
| 経過年数 | 生存率 |
|---|---|
| 5年 | 82.0% |
| 10年 | 66.1% |
| 15年 | 55.2% |
治療前の歯周ポケットの深さ(術前PD)によっても、結果に差がみられました。
| 術前PD | 5年 | 10年 | 15年 |
|---|---|---|---|
| 4mm未満 | 88.8% | 75.5% | 64.4% |
| 4〜5mm | 66.2% | 43.3% | 31.1% |
| 6mm以上 | 61.1% | 38.9% | 33.3% |
歯周ポケットが浅い歯ほど、長期的に残っている割合が高い結果でした。

亀裂が深く進むと、その部分に沿って歯周組織が影響を受け、局所的に深い歯周ポケットができることがあります。そのため、レントゲンだけでなく、歯周ポケットを細かく測ることも重要な診査になります。
なお、この研究は、保存可能と判断されて根管治療を受けた「亀裂歯」のデータです。すべての歯根破折にそのまま当てはまる数字ではありません。
「残っている」と「使えている」は別
歯を残せるかを考えるときは、口の中に残っているかどうかだけでなく、実際にどの程度使えているかも重要です。
普通に噛めているか、噛んだときに痛みはないか、違和感が続いていないか、腫れを繰り返していないか。そして、患者さん自身がその歯をどう感じながら使っているかも大切な情報です。
実際の診療では、レントゲンで根の周囲に炎症がみられたり、歯ぐきに膿の袋ができていたりしても、患者さん自身はほとんど不自由を感じず、その歯で普通に噛めていることがあります。
説明を受けたうえで、「できれば抜きたくない」と希望される方もいます。
ただし、膿の袋があるということは、その部分で感染や慢性的な炎症が続いているサインであり、「問題なく使えているから大丈夫」という意味ではありません。
近年は、口の中の慢性的な炎症と全身の健康との関連も指摘されています。だからこそ、現在の状態と、今後考えられる変化やリスクを十分に説明したうえで、治療方針を考える必要があります。
そのうえで患者さんが保存を希望される場合は、状態によっては、すぐに抜歯せず、定期的なメンテナンスのなかで症状やレントゲン所見の変化を確認しながら経過をみることもあります。
判断材料になる時間の経過と信頼関係
ひびや歯根破折は、一度の診察ですべてを判断できるとは限りません。
数か月、数年と経過をみるなかで、痛みや違和感、歯周ポケット、レントゲン所見がどう変化しているかを確認します。
保存を選択する場合は、将来的に悪化する可能性や、途中で抜歯へ方針を変更することがあり得ることまで共有したうえで、定期的に経過を確認していきます。
患者さんには症状の変化を伝えていただき、歯科医師側はその都度、現在の状態を説明する。こうしたやり取りを積み重ねながら、一緒に判断していくことが大切です。
診断や治療方針に疑問があるとき、セカンドオピニオンを受けることは有用です。
一方、自分が希望する答えが出るまで歯科医院を次々に変えると、これまでの症状や検査所見の変化が把握しにくくなります。
特に「残すか、抜歯するか」の境目にある歯では、一時点だけでなく、時間の経過を共有しながら判断することが重要です。
千差万別だから難しい
「歯根破折だから抜歯」「使えているから問題ない」
という二択ではなく、その歯の状態と機能、そして患者さんの意向を合わせて考える必要があります。
教科書的な原則を踏まえることはもちろん大切です。しかし、実際の臨床では、その歯がどの程度使えているのか、患者さんが何を希望されているのか、今後どのようなリスクがあるのかまで含めて判断する必要があります。
歯根破折と診断されても、患者さんは千差万別。同じ答えが当てはまるとは限りません。
そこに診断の難しさがあり、同時に、長く経過を共有していく患者さんと歯科医師との信頼関係の大切さがあると考えています。
参考文献
Chan PY, Soet RF, Saffari SE, Zhang SJ, Chen NN. Survival of Endodontically Treated Cracked Teeth: A 10- to 15-Year Retrospective Study. Journal of Endodontics. 2026;52(3):376–386.







